第一次世界大戦中に前線付近に認められる雲の目視観測を含む地上気象観測だけに基づいて、ノルウェー学派により開発された、最も古くて現在も良く知られている温帯低気圧の構造とライフサイクルに関する理論は、ノルウェー学派の温帯低気圧モデルと呼ばれ、わが国の中学校や高等学校の地学の教科書にも記述されてきた。ノルウェー学派の温帯低気圧モデルでは、低気圧は、赤道側の暖かい空気と極側の冷たい空気が接して不連続面つまり「前線」を作り、小さな擾乱がその不安定性から前線に沿って移動しながら発達して温暖前線と寒冷前線を伴った温帯低気圧へと発達していき、最終的には、順圧的な寒冷な環境下で閉塞して終焉する、とされる。
次の図1は、理想化されたノルウェー学派の温帯低気圧の構造概念モデルである。中央の図は、平面図であり、一点鎖線矢印は低行気圧の進方向を示し、実線矢印は流線を示す。

図1 理想化されたノルウェー学派の温帯低気圧の概念モデル(Bjerknes
and Solberg, 1921)
低気圧中心から南東方向へ伸びる破線は温暖前線を示し、低気圧中心から南西方向へ伸びる破線は寒冷前線を示しており、前線の寒気側に示されている斜線部は雲域・降水域を示している。進行方向南側の両前線に挟まれた領域は暖域と呼ばれ地上部は暖気に覆われており、他の領域の地上部は寒気に覆われている。図1の上図は、低気圧中心北側における進行方向に沿った断面図であり、下図は低気圧中心南側における進行方向に沿った断面図である。地上部暖域の暖気が温暖前面に沿って上昇しながら低気圧上層に運ばれ、低気圧北側上層の冷気が下降しながら暖域の暖気の下に潜り込むような動きをしており、その寒気の先端部が寒冷前面となっている。
次の図2は、理想化されたノルウェー学派の温帯低気圧の発生点発達過程のモデルであ

図2 理想化されたノルウェー学派の温帯低気圧の一生(Bjerknes
and Solberg, 1922)
る。(a)は低緯度にある暖気団(熱帯気団)と高緯度にある寒気団(寒帯気団)の境界である前線(破線)を挟んで東西方向の流れにシアーがある状態を示している。(a)の前線を挟んだ付近の不安定性によって前線上に渦が生まれ、それに伴って暖気が渦の前面を通って北側の寒気の上を滑昇して北方へ運ばれ、寒気が渦の後方を通って南側の暖気の下に潜り込んで暖気を持上げながら南方へ運ばれるようになる(b)。その結果、低気圧前面の温暖前線、後面の寒冷前線に沿って上昇気流が発生し、雲が形成され降水が発生する。密度の小さい暖気が上昇し、密度の大きい寒気が下降することによって位置エネルギーが開放され、渦の運動エネルギーとなって低気圧は発展する(c,
d)。図1は、(b)→(c)の低気圧成熟期の構造の概念モデルである。やがて寒冷前線が温暖前線に追いつくと、地上部はすべて寒気に覆われる(e,
f)。この状態の低気圧を閉塞低気圧と呼び、温暖前線に寒冷前線が追いついて形成される前線を閉塞前線と呼ぶ。閉塞前線は温度の水平分布図上において、水平方向の温度傾度が大きい場所ではなく、等温線の尾根(即ち、温度の極大域)として認識される。閉塞前線が形成される時期が温暖前線が最も発達した時であり、開放可能な位置エネルギーをほぼ開放しきった時であり、この後は位置エネルギーを開放して運動エネルギーを獲得することが困難となるため、低気圧の発達は止まり、摩擦のために低気圧は衰弱・消滅する(g,
h)。
ノルウェー学派の温帯低気圧モデルでは、前線を温帯低気圧の発生原因として考えているが、現在では、ある程度の水平温度勾配(傾圧性)があれば、温帯低気圧発生初期には前線と呼べるような温度勾配の集中が存在しなくても温帯低気圧は発生・発達でき、前線はむしろ温帯低気圧が発達した結果として生じると考えられている。また、大陸東岸の海上で急速に発達する温帯低気圧の観測結果に基づいて、シャピロ-カイザーShapiro
and Keyser(1990)の温帯低気圧 モデルが提唱され、ノルウェー学派の温帯低気圧モデルとの相違点として、(1)
最盛期には低気圧中心付近に暖気核が生じる、(2)
寒冷前線が温暖前線との交点で弱まっている(前線断裂)ために閉塞点や閉塞前線は生じない、(3)
顕著な温暖前線と,ほぼ直交する寒冷前線を伴う(T
ボーン構造),そして(4)
低気圧中心から後方にも背の低い温暖前線が伸びる(ベントバック温暖前線)、の4点が指摘されている。